パコと魔法の絵本 |
日本では20億円を超える興行収入を記録し、かつ口コミでも素晴らしい作品だと聞いていて、前から見てみたいと思っていた作品。
あるところに変な人ばかりが集まる病院があった。院内一嫌われ者の偏屈ジジイ大貫は一代で財を成した会社社長。持病で入院していた彼は誰彼問わず、「お前がワシの事を知ってるってだけで腹が立つ」と口にしていたが、一日しか記憶が持たないパコという少女と出会い、大貫は病院の皆と一緒にパコの愛読する絵本を演劇しないか?と提案する。
冒頭30分と最後30分で、ここまで評価が入れ替わった作品は、自分にとっては史上初である。
正直、冒頭30分は原色の濃さが目立った背景や、アクの強い登場人物に"生理的に受け付けない作品だな、これは・・・"と思っていた。それが話が進むに連れて、どんどん物語りに引き込まれていった。
その最初のきっかけがタイトルにもなっているパコの登場だ。外見だけでなく、心まで純粋無垢という言葉がピッタリとくる彼女。そんな彼女を"クソジジイ"大貫は思いっきり殴り倒す。
これが幼い少女ですら殴ってしまうほどの"偏屈者のクソジジイ"という印象を、観客の心に思いっきり植えつける。そしてパコが一日しか記憶を保てないことを知った大貫。そして翌日パコが言う。
「おじさん、昨日もパコのほっぺに触ったよね?」
昨日の記憶など無いはずのパコ・・・、しかも触ったのではなく、殴ったのに・・・。大貫の心が決壊する。
短いやり取りの中に、この作品の中核となるすべてが詰まっている。このシーンが終わった段階でこの作品世界に入れなかった人はおそらく、この先もずっと入り込めない。言うなればこの作品の分岐点である。自分もここに来るまではこの世界観に入り込めないでいたが、このパコの一言でグッと引き込まれた。この一言がなければ、はっきり言って、この作品は3点、4点の評価だっただろう。
それにしても、パコを演じたアヤカ・ウィルソンは素晴らしい。これが初の出演作にして、主演。しかも共演にはいまやハリウッド映画にも出演する役所広司、妻夫木聡らと肩を並べるほどに存在感を放っている。彼女の見せる"純真無垢"な笑顔にスクリーンの役者たちだけでなく、見ているこちらも癒される。よくぞここまで見事なキャスティングをしたものだ。
純粋な日本人だとこの映像の世界観では食われてしまうところをハーフの彼女を持ってきて、なおかつ、その他の役者が特殊メイクで素顔を隠して出演している中で唯一普通の女の子としてスクリーンに登場させたことで、よりいっそう彼女の存在感が際立つ。日本アカデミー賞にキャスティング賞なるものがあれば、今年はこのパコ役で決まりだろう。
そして脚本も"ムチャクチャ"素晴らしい。映像的にゴチャゴチャした世界観の中では、意外とシンプルな話がはまるということが、すごく理解された脚本である。これで話もゴチャゴチャしていれば、"なんかゴチャゴチャした作品"と評されていただろう。このシンプルな話を派手な世界観(時に背景であり、時に特殊メイクとコスチュームに身を包んだ役者であり・・・)に溶け込ませ、さらにそこに阿部サダヲの意味不明なギャグと意味不明なシチュエーション操作を織り込むことで、よりいっそう派手さをアピールする。
小さな"感動"を絶妙なタイミングで"笑い"に変える一方で、"笑い"が続いた後でまた絶妙なタイミングで"感動"を用意している。この"笑い"と"感動"の絶妙なテンポでの合いの手によって、どんどん物語りに引き込まれていくのだ。
感動的な話から、なんら脈略のないギャグに話が飛んで、その後再び本筋に戻ってきても、作品としてブレがない。こんな作品そうそうお目にかかれない。これはやはり物語の中核部分が非常にシンプルだからだろう。
ではそのシンプルとは何なのか?
一言で言うなら、"人間は弱いんだ、そしてそれは悪いことじゃなく、普通のことなんだ"ってこと。
「お前がワシの事を知ってるってだけで腹が立つ」と思っていたはずのクソジジイが、一日で記憶をなくしてしまうパコの記憶の中には残りたい、いや、何かを残してあげたいと思う。今までの人生、"人間は強くなければならない"という哲学に従い、生きてきた大貫が人前で涙を流し、自分の弱い部分をさらけ出す。そして一言。
「先生、涙ってのは、どうやって止めるんだ?医者なら教えてくれ!」
「簡単です。いっぱい泣けば止まります。」
話と同じで伝えたいメッセージもすごくシンプルである。シンプルだからこそ、胸を打つ。この作品の中でもっともシンプルかつ、もっとも心に響く台詞かもしれない。
そして大貫以外のキャラクターも皆それぞれ苦悩を抱えている。
俳優の夢を諦めきれないドラッグ中毒に落ちてしまった元有名子役。
そんな男をひたすら思い続けるヤンキー看護婦。
人命救助に夢を抱くものの、引っ込み思案で消防車に轢かれてしまった消防士。
パコのために演劇をすることで、それぞれが抱える苦悩が一つ一つ薄れていく。それこそがクソジジイ大貫をも変えたパコの魔法であり、この作品のテーマとも言える"人は弱くてもいいんだ"ということ。
どんどん体調が悪化していく大貫を中心に、それぞれが1つ1つのボタンを押すことで、小さな感動が次々と積み重なる。そしてその積み重ねが、大貫が倒れた後、最後の最後に用意された大きなどんでん返しをより際立たせる。まさかそんなオチが用意されていたとは・・・。
「先生、涙が止まりません」と叫びたくなります。
そして感動のボタン以外にもいろいろなところにいろんなボタンがところどころに散りばめられている。
昔を回想するシーンの部屋でやけに目立つ「銀河鉄道999」のポスターしかり、「起動戦士ガンダム」の地球連邦軍の制服を着たキャラクターしかり・・・。
しかもそれを知らない人が見ても物語の大筋からはそれない程度の最小限の露出にしてあるところも好感を持てる。
そしてボタンといえば阿部サダヲ。書きたいことはいっぱいありますが、これは見てのお楽しみってことにしておきましょう。この世界観に入り込んだ人には笑いのツボとなること間違いなしのボタンですが、入り込めなかった人には寒いボタンとなるでしょうか?
そしてこの作品を語る上で欠かせないのが実写とCGの融合。一見メルヘンチックで、カラフルなCG世界の中で実写の人間が動くのだが、まるで違和感がない。いや、実際にはコスチュームや特殊メイクなしだったら、違和感があったかもしれないが、それも計算に入れた上でのコスチュームであり、特殊メイクだったのだろう。だからこそ背景もあり得ないほど、まとまりのない色彩を使うことで、あり得ないコスチュームや特殊メイクをうまく逆手に取っている。マイナスとマイナスを掛け合わせればプラスになるのだ!
そしてクライマックスの演劇シーン。実写とCGアニメをすさまじいテンポ、かつ違和感なくカットバックしていくことで、タイトルにもなっている"魔法の絵本"の世界観を実現し、悲しくも希望に満ちたエンディングへと昇華していくのだから、監督の演出力や恐るべしである。
欠点といえば、やはり物語に入り込めなかった冒頭30分だろうか?これがもっと早く入り込める作りになっていれば、満点も夢じゃなかっただけに残念だ。しかし、アヤカ・ウィルソンと中島監督作品には今後も注目していこうと思わせるだけの力のあった作品であったことは間違いない。