椿 三十郎 |
TVドラマ、世界陸上のキャスター、コンサート・ツアーとデビュー20周年を精力的にこなしてきた織田裕二が節目の年の最後の作品として世に送り出すのは、黒澤、三船の時代劇のリメイク。
とある社殿の中で密会をしている9人の若侍。彼らは、上役である黒藤と竹林の汚職を暴こうとしていた。その粛清を求める意見書は家老の睦田には撥ねつけられたが、大目付の菊井に受け入れられ、この社殿に集められたのだった。
するとそこへ、椿三十郎が現われ、正しいのは睦田で、菊井が黒幕だと言い放つ。その通り社殿は菊井の手下に包囲されていた。
だがその場はなんとか三十郎が凌ぎ、敵方の用心棒・室戸半兵衛は彼が只者でないことを知り、仕官しないか?と誘いをかけて、その場を去っていく。自分たちの甘さを後悔する若侍たちだが、あくまで信念を曲げず命がけで巨悪にたち向かおうとする。
そんな彼らの「死ぬも生きるも九人一緒だ」の声を聞いた三十郎は思わず「十人だっ!」と怒鳴りあげ、城下へ一緒に乗り込んでいく―――。
まず最初に、自分はオリジナルを見たことがないし、このリメイクがなければ、この先この作品があったことすら知らないままだっただろう。そんな人間の意見として、この先は読んでもらいたい。
公開前どころか、制作決定段階から賛否両論だったこの作品。一般的にはオリジナルを知る世代、あるいは黒澤、三船のファンからは猛反対。
一方、オリジナルを知らない世代からは期待度大。「現代の若い世代に日本映画が生み出した傑作を知ってもらいたい」という製作者の言葉を借りるなら、この作品は成功ではないだろうか?実際、上述したようにこのリメイクがなければ、自分がこの先この作品を知ることはなかったであろうから。
若い世代に知ってもらいたいなら、リバイバル上映をすれば良い!と反論する人がいるかもしれないが、「七人の侍」ならいざ知らず、この作品に関してはそれでは客は来ないのが現状だし、そもそも配給会社がYesとは言わない。だからこそのリメイクだし、名作だからこそ次の世代にも知ってもらいたいという思いもあったのではないだろうか?
その目的におけるリメイクを行う上で、織田裕二以外のキャスティングは思いつかない。
まず、現在の日本において、名前だけで劇場に客を呼べる俳優というのは、2人しか思いつかない。
織田裕二と木村拓哉の2人だ。
そして去年、「武士の一分」で同じく時代劇に挑戦した木村拓哉では、この作品のようなコメディ要素の多い三十郎を演じるには雰囲気が違う。(その逆も然りで、織田裕二の「武士の一分」というのも雰囲気が異なる。
そもそも世界が認める黒澤作品のリメイク。それを45年後の日本人がやろうというのだから、黒澤世代からの反対は必至。そんな状況で制作に乗り出した人たち、出演を引き受けた役者たちには拍手を送りたいと思う。
さてストーリーだが、めちゃくちゃ面白いということもなければ、つまらないということもなく、普通に面白い。それは45年前の脚本をそのままに使っているというとを考えれば、ちょっとしたトリックなどに斬新さを感じたりしないのは当然だろう。
それでも逆にどこかで見たことがあるという感じがしないのはすごいことかも知れない(特に2種類の椿を流すアイデアは斬新ではないが新鮮で面白かった)。いや、それこそがこの作品のリメイクの意義であるかもしれない。45年前の作品を今見ても、普通にエンターテイメント作品として面白い!と感じられるのだから。もしリメイクがなければ、この先多くの人に知られることなく、眠ったままになっていたわけだから・・・。
オリジナルを見てないので、何とも比較はできないのだが、コメディー要素が強い作品だと感じた。これはリメイクということで、現代的に笑いの部分を増やしたせいかもしれないが、若侍たちのアタフタした演技や押入れに入れられてしまった侍の立振る舞い、そして中村玉緒と鈴木杏演じる天然親子などは面白かった。
また黒藤宅での食事における三十郎と女中との絡みで見せる織田の仕草が上手い。何とも気まずい感じの演技は過去にTVドラマの役柄演じたことのある織田の真骨頂。
また注意深く見ていると細かい演技をしている点にも気づく。照れくさい時は鬢を掻き、考えている時は髭を撫でている。一仕事終えた時には必ず肩を怒らせる。役作りには徹底的にこだわるといわれる織田裕二のこだわりがそこかしこに垣間見える。
ただし、殺陣に関しては少々物足りなさがないわけでもない。1対数十人とかの対決に関しては、どんな時代劇を見ても思うことだが、なぜ1人ずつしか切り込まないのだろうか?正確には2、3人同時に切り込むシーンがあるのだが、そこを10人くらいでいかないのか?誰かが切りかかっている間は絶対に誰も切り込まないという時代劇の約束事のようなシーン。
それが武士道だという人もいるかもしれないが、だったら、そもそも1人ずつ、きちんと名を名乗ってから切り込むのが常ではないだろうか?
またラストシーンも物足りない。半兵衛との対決シーン。1対1の居合いなのだが、割と一瞬で蹴りがついてしまう。それはそれで良いのだが、それをスローモーションでリプレイをするのはやめて欲しかった。それほどわかりにくい斬り合いというわけでもなかったのだから・・・。できることならその切り結ぶまでの間をもっと緊迫感のある時間を持たせて欲しかった。
今年の正月映画の大本命といわれるこの作品。黒澤ファンからの反発は必至という逆風の中、黒澤を知らない世代からどこまでの支持を得られるのか?非常に楽しみです。