ア リ |
"蝶のように舞い、蜂のように刺す"この言葉、誰もが一度は聞いたことがあるのではないだろうか?自分の記憶の中では漫画「キャプテン翼」に出てくる三杉淳のプレイスタイルを指す言葉であったが、ある偉大なボクサーのボクシング・スタイルを指す言葉だったとは知らなかった。
カシアス・クレイは22歳にして、ヘビー級チャンピョンとなり、その翌日イスラム教団体に入信する。指導者より"賞賛に値する人"という意味のモハメド・アリという名前を与えられる。押しかけるマスコミに「俺はみんなのチャンピョンになるつもりだ。でも君達の望む人間になる必要はない。なりたい自分になるんだ。俺が何をどう考えようと自由だ。」と言い、傲慢ともいえる発言を繰り返していく。
アリにとって団体の中で頭角を現してきた若き指導者マルコムXは良き相談相手であり、"ブラザー"と呼び合っていた。しかしマルコムは教団の掟を破り、CIAから監視されるようになり、教団からも職務停止を言い渡され、遂には演説中に暗殺される。悲報を聞いたアリは「あなたはいつも先を歩いていた、俺は後ろをついて歩いた。あなたの後ろを・・・」と涙を流した。
アフリカ旅行から帰ったアリはソンジー・ロイという女性と出会い、すぐに恋に落ちた。周囲からは反対されるが、2人は結婚する。しかし質素な生活を習慣とするイスラム教の生活を嫌うソンジーとアリの心はすれ違い、1年で破局してしまう。
傷心のアリにベトナム戦争への徴兵命令が下される。その命令に対し、「俺はベトコンに恨みはない。」と答え、非愛国的だと非難を浴びる。政府はアリに対し、5年の禁固刑と1万ドルの罰金を要求。さらにパスポートも剥奪され、アメリカ国内のみならず、海外での試合の機会も奪われてしまう。アリの黄金時代はこうして奪い去られた。
その後、裁判をする費用も不足するようになり、ライセンスも剥奪されそうになるが、最高裁の判決で無罪となり、リングに復帰する機会が巡ってくる。しかし復帰戦では判定負けし、タイトルを奪われ、無敗伝説も崩れた。この時すでに29歳。ボクサーとしては決して若くはない。しかし、アリはくじけずにタイトル奪回を目指した・・・。そして映画は興奮が最高潮を迎える。
口は悪いが、黒人としての劣等感のようなものは持っていないし、自分の信念のようなもの、「踊る大捜査線」の台詞を借りれば「国や政府の定めた法律は破るが、自分の中の法律は決して破らない」、そんな台詞がぴったりと当てはまると、この映画を見て思った。公共の電波で暴言を吐くし、妻がいながら、他の女も抱くし、結婚は3回もしている。それが良い悪いというつもりはない。ただ男として誰もが憧れる生き方ではないだろうか。そう願いはするものの、それを行動に移せない。そういった歯がゆさみたいなものを感じるはずが、アリにはそういったものは見受けられなかった。感じてはいたが見せなかっただけなのかもしれない。自由奔放に生きている。だからといって悩みがないわけでもない。悩みを描くことで人間としての弱さも描いていて、アリも一人の人間であることを教えてくれる。この作品の良さはここにあるのではないだろうか?アリの圧倒的な強さ(ボクサーとして、そして自由奔放に生きることのできる数少ない人間としての)のみを描くのではなく、弱い部分にも焦点を当てて描いているところに共感を感じ、作品に入り込めるようになっている。
そしてこの作品の主人公、アリを演じたウィル・スミスはアカデミー賞の歴史に永遠に名を刻むことになった。