ハクソー・リッジ Hacksaw Ridge |
「パッション」で史上最高級にグロい映像を創り出したメル・ギブソン監督の最新作で、戦争描写としてはスピルバーグ監督作品「プライベート・ライアン」と並び称されていたので見に行った作品。
ヴァージニア州で生まれ、兄とともに野山を駆け回る活発な少年時代を過ごしたデズモンド・ドス。第一次世界大戦で心に傷を負い、酒に溺れ、母に手を挙げる父親を見て育った。ある日、兄を危うく殺しかけてしまう出来事が起き、モーゼの十戒の1つ「汝、殺すことなかれ」という教えを胸に刻む。
15年後、デズモンドは偶然立ち寄った病院で看護師のドロシーに一目ぼれする。彼女と幸せな日々を送っていたが、第二次世界大戦が激化し、デズモンドの弟も周りの友人達も次々と出征する。そんな中、デズモンドは「衛生兵であれば自分も国に尽くすことができる」と陸軍に志願する。
少年時代に野山を駆け回って過ごしたこともあり、体力には自信があったデズモンドは軍隊の訓練をなんなくこなしていく。しかし、ライフルの訓練が始まったとき、デズモンドは断固として銃に触れることを拒否する。それがきっかけとなり、軍法会議にかけられてしまう!!
父親の尽力もあって、無罪となったデズモンドは1945年5月、沖縄「ハクソー・リッジ」へと上陸する―――。
いろいろと見応え満点の作品だった。
オープニングはいきなり戦場の場面。火炎放射器で生きながら炎に包まれる戦士たち、その足元にはたくさんの死体が映される。その後、主人公の幼少時代にさかのぼる。その中でデズモンドが殴り、兄が命の危機を迎えるシーンがある。
この冒頭での対比によって、軽く描かれがちな戦争における1人1人の"命の重さ"というものを、改めて伝え直してくれている。恐らくこの作品を見る世界中の多くの人は実際の戦争を経験したことがない人だと思う。そういう人たちが戦場における"死"を感じることは難しいが、兄弟という身近なところで"死"を感じさせることで、観客にも大きな印象を残している。
このあたりの演出は非常に上手い。
またグロい映像を撮らせたらこの人の右に出るものはいない!と個人的に思っているメル・ギブソンらしい、グロさ満点の映像もさすがだった。戦争映画を見たことがない人が、心の準備なしにいきなり本作を見てしまったら、トラウマ級のすさまじい映像だと思う・・・。
具体的には頭が吹き飛んだり、胴体が割れて腸が出ていたり、両脚がちぎれていたり・・・。更にうじ虫がわいている死体や、野ねずみが食べている死体なども登場する。グロさのフルコースと言っても良いかもしれない・・・。
ただし映像ではなく、音響という意味ではやや物足りなさがあったのも事実。もしかしたら映画館の音響システムの違いかもしれないが、銃弾が前から後ろへ、左から右へと飛んでいく効果はあまり感じられなかった。また「プライベート・ライアン」とは異なり、音響効果の真価を発揮するアイテムの1つである戦車が登場しないのも1つの要因かもしれない。
多くの人物が登場するが、個人的にはヒロイン役のテリーサ・パーマーが非常に良かった。
初登場のシーンから恋に落ちて行くあたりの流れ(告白シーンはいかにもアメリカ的で、日本ではありえないが・・・)が戦争という重いテーマを扱う作品の清涼剤的な役割も兼ねていて、作品の緩急をつけるという意味で非常に良い。特に道路を横断しようとして車にひかれそうになる一連のシーンのやり取りが何とも初々しくて素敵だ。
そしてこの2人の描写が後の軍法会議において、大きな役割を果たすのも上手い。最愛の妻からの願いであっても、自分の信念を曲げない主人公。これが恋愛描写なく、ただ信念を曲げない描写になっていたとしたら、そこまで深く主人公に感情移入することはなかったかもしれない。観客1人1人があのシーン(信念を曲げないと人生が終わる危険性が極めて高い状況)で自分の妻、もしくは子供、恋人などから自分の信念を曲げてくれと頼まれたら?という想像を頭の中でイメージしたはず。そのイメージの前段として2人が恋に落ちるシーンが非常に重要になっているわけだ。
そんな重要な役どころを演じたテリーサ・パーマーだが、主人公に負けないくらい信念を曲げない(自分の夫を何があっても信じ抜く)強い女性でありながら、夫にだけしか見せない可愛らしい笑顔を見せるような女性を見事に演じきっていて、彼女の次回作も見てみたいと思った。
ここからはマイナス面。
一度たりと弾切れしない銃や、相変わらずの腹切り描写など、いくつか突っ込みどころがある。
それでも腹切りに関しては、アメリカから見た"敵"である日本軍の描写としては、ありかもしれない・・・。というのもその直前に降伏と見せかけてのだまし討ち作戦を描いていた(=日本軍の姑息さの表現)こともあり、この腹切りは"敵"であっても、人間としての潔さであったり、命の尊厳のようなものを表現する手段として考えれば、ハリウッド映画(=世界中の人が娯楽として楽しむモノ)の描写としては一方的な勧善懲悪ではないという意味において、過去の作品とは一線を画していると言えるかもしれない。
またこの作品最大の欠点はデズモンドが崖の上から1人ずつ負傷兵を降ろしているのに、崖の下にいる米兵は誰も上に行かないという描写。最初は誰かもわからない謎の人間が謎の何かを降ろしているということで不思議がるのはわかるが、その数が10人、20人となって同じ仲間だと分かれば、崖の上に行くのが普通ではないだろうか?
主人公の偉業を際立たせたかったのかもしれないが、この描写だけは腑に落ちなかった。
それと個人的には最後のエンディングは国に帰還し、妻とのハッピーエンドまで描いてほしかった・・・。
この作品は史実に基づいた作品なのだが、第2次世界大戦当時にアメリカでは法律で良心的徴兵拒否が認められていたことを知り、更に戦場においても銃所持を拒否することができるという事実に驚かされた。
それと共にアメリカの先進性というか、寛容さのようなものに少しながら感心させられた。もちろん映画でも描かれているようないじめなどがあり、簡単なことではなかったのかもしれないが、とにかくその発想そのものが信じられなかった。
というわけで、戦場で銃を持たなくても英雄になれるというシンプルなストーリーながら、戦争のもたらす悲惨さを十分に描き切り、その一方で家族(主人公の親、そして愛する妻)との喜怒哀楽の共有もしっかりと描かれていて、心奮えた作品でした。