インビクタス/負けざる者たち
採点:★★★★★★★☆☆☆
2009年12月25日(映画館)
主演:モーガン・フリーマン、マット・デイモン
監督:クリント・イーストウッド

イーストウッド最新作+マット・デイモン主演ということで非常に期待していた作品。

1990年に刑務所から出所し、94年に南アフリカ史上初の黒人大統領となったマンデラ。彼は、アパルトヘイトによる人種差別や経済格差が依然として残っている現状を変えるため、自国開催のラグビー・ワールド・カップとその代表チームを通して国を一つにまとめようとしていく―――。

晩年期を迎えてなお、毎年傑作を放ち続けるイーストウッド。その彼が最新作に選んだのはマンデラ大統領。実話に基づくストーリーということで、展開は読めているのだが、それでもさすがイーストウッド演出。シンプルで無駄のない展開は安心して見ていられる。シンプルで無駄のない展開ということは、CGや爆発などはなく、ストーリーそのものによほど力がないと見ている人が飽きてしまう。しかしイーストウッド作品に関してはその心配は不要である。

例えばラグビーの試合のシーン。ルールを知らない自分でも見ているうちにルールがわかってくるようなシンプルな演出でありながら、それでいて、スポーツが持つスピード感を失うことはない。さすがイーストウッドである。
これが下手にラグビー通をも、うならせようとすると、ラグビーを知らない人間にとっては、???のシーンになってしまうだろうし、何よりこの映画におけるラグビーは主題を伝えるための一要素であって、主題ではないのだから問題ない。
決勝のスタジアムにジャンボジェットが迫ってくるというエピソードがあるのだが、他の映画であれば、テロか?といった感じで非常に大きな事件をにおわせる演出も可能なのだが、イーストウッドはあくまでもシンプルに試合を盛り上げるための1つの要素として演出している。それでありながら、実はこのエピソードが物語の中で、ドラマ中心の展開からスポーツ中心の展開へと大きな転換期になっている点も見逃せない。さすがに実話ではないだろうが、物語に起伏をつけるという意味では素晴らしい演出である。

政治とスポーツは原則切り離して考えられるべきという理論が世の中にはある。例えば戦争中の国はオリンピックへの参加が禁止されることに対して、該当国の選手は当然のように反発するし、本来、政治とスポーツはまったくの別物であるはずだ。
しかしこの作品というか、マンデラは逆にスポーツを政治にうまく使っている。アパルトヘイトという人種差別が数年前まで残っていた国で、白人と黒人の間の溝を埋めるためにどうすれば良いか?そこで考えたのが、ラグビー代表チームを優勝させること。
これを映画のテーマに選んだイーストウッドにも驚かされるが、この作品を単純なマンデラの伝記的映画ではなく、南アフリカという1つの"国"を伝える描き方をしている点がイーストウッドらしい。
他の監督ならばマンデラの視点を中心にするところを、白人のフランソワをもう1人の中心人物として描くことで、黒人と白人、両方の視点からこの作品を描くことに成功している。

映画の中で、アパルトヘイトという人種差別がほんの数年前まで存在していたことがいたるところで描写されている。
例えば、映画の冒頭で、道路を1本隔てた場所で、方や白人がラグビーを、方や黒人がサッカーをしている描写がある。それは大統領就任初日のこと。そこで白人が言う台詞「白人として忘れるな、今日が屈辱の始まりだ」、この言葉が建前上は廃止されたはずのアパルトヘイトが、事実上は根強く残っていることを端的に示していた。
また大統領の警護について、大統領自身が任命したのは白人のチームで、それまで警護していた黒人達は不安を覚える。
そしてラグビーの試合会場でも白人が応援するのは自国のチームだが、黒人は他国のチームを応援するという描写も、その根深さを如実に伝えてくる。

それを上述したようにマンデラとフランソワの両方の視点で描いていることによって、どちらの立場からも感情移入ができ、物語が進むにつれ、"国"が一つになっていくのを実感できる。
最初は不穏な雰囲気だった黒人と白人の護衛が一緒にラグビーをしているシーンで大きな壁がなくなったことを示し、決勝戦の最中に時々挟まれる、誰も外にいない風景(国民がラジオやテレビを通して決勝戦を観戦している)を映すことで、人種に関係なく"国"が一つになって応援していることも伝えている。
そして最後にフランソワが言う台詞。優勝後にテレビのレポーターにコメントを求められた彼は「6万3千人の国民のサポーターではなく、4300万人の国民(のサポートのおかげで優勝できたの)だ!」とコメントする。おそらく6万3千人というのは白人ないしは支配階級のみの人数で、4300万人というのは黒人も含めた人数。つまり、フランソワのコメントが"国"が一つになったということを最もシンプルに表現しているのだ。

身近なところに置き換えれば、南北朝鮮が統一され、その代表チームがサッカー・ワールド・カップで優勝するような、そんな奇跡のお話である。そんな実話をイーストウッドが映画化したのだから、当然のように面白い作品に仕上がっている。
イーストウッドの次回作は再びマット・デイモンが主演するらしいので、これまた非常に楽しみです。

一口コメント:
イーストウッドらしい、"シンプル"かつ"感動"の作品です。

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