ハッピーフライト |
「I C H I 市」とほぼ同時期に公開されるということもあり、綾瀬が露出しまくっていたこの作品。
機長昇格への最終試験を前に緊張しまくりの副操縦士。
試験教官として同乗する威圧感と間の抜けた感じを併せ持つ機長。
初の国際線フライトに期待を膨らませる新人キャビン・アテンダント(CA)。
そんなCA泣かせの鬼チーフ。
乗客のクレーム対応に追われる日々にイライラを募らせるグランド・スタッフ。
離陸時刻が迫る中、上司にせっつかれながら、必死にメンテナンスする整備士。
窓際族になりつつあるベテラン・オペレーション・ディレクター。
ディスパッチャー、管制官、バードパトロール・・・。
1回のフライトに携わる多種多様なスタッフ達を結ぶのは、飛行機を安全に定刻に離着陸させること。その日もホノルル行きのフライトも、定刻に離陸したのだったが・・・。
ANAが全面協力して、この作品のために飛行機を1機、15日間も貸したらしい。そのかいあってか、映画全編を通して、ANAだらけ。オープニングはANAの機内案内のビデオで始まり、その後もいたるところにANAのロゴが登場する。空港内もいろいろな場所が映し出されるが、ANA以外のキャリアのロゴは見事にカットされている。
一方のJALもつい先日公開された「フライング・ラビッツ」という映画に全面協力していたが、興行的にはANAの大勝利といったところに落ち着きそうだ。
さて、この作品だが、非常に細かい部分までこだわって作られている。航空業界の人間にとっては、自分にはよくわからない部分がとにかくすごいらしいのだが、素人の自分でもバード・パトロールなる職業があることを教えられたし、整備士が自分の道具箱に鍵をかけることなんかも初めて知った。
そして他にも知らなかったことを次々とスクリーンで教えてくれる。パイロットが帽子をかぶらなきゃいけない理由、二人のパイロットが同じ食事を食べない理由など、どれも乗客の安全のために必要なことなのだと教えてくれる。これらを副操縦士の目線=我々観客の目線として描いていて、非常にわかりやすく、かつ押し付けがましさを感じることもなく、素直に頭の中に入ってくる。この辺りは矢口監督らしさが満載だ!
また、ここは秋葉原か?と思わせる航空マニアの3人組の描写を入れたりしているのも非常に好感が持てる。CAの写真を撮影したりするシーンは、実際に空港でそんな現場を見たことがないので、演出だろうと思ったりもしたが、彼ら航空マニアのブログが事件解決に一役買ったりするという展開は今の世の中を反映していて、妙に納得させられてしまう。
そして一人一人のキャラクターの描き方も矢口監督らしいコミカルな手法で描かれていく。
まずは副操縦士。大手航空会社の副機長らしからぬ軟弱ものを、田辺誠一が熱演しています。帽子をかぶるのはダサいと言ってる一方で、フライト・シミュレーターで、ダメダメなフライトを操縦してみたり。
一方で最初は鬼教官として威厳に満ちた描かれ方をしていた時任三郎も物語が進むに連れてボケになっていく。機長と副操縦士のWボケがここで成立する。しかも操縦室は基本的に2人だけの空間なので、途中チーフ・パンサー役の寺島しのぶが登場するシーンを除いては基本的に突込みがいない。ボケにボケをかぶせるというボケ倒しで押していく。その典型的なシーンが非常に重大なトラブルに気づいた田辺が時任にどうしたら良いか?との問いにこう返すシーン。
「こういうときは、まずは笑え。」
そこにさらに天然ボケCA役の綾瀬はるかとグランド・スタッフ役の田畑が輪をかける。フライト前のCAミーティングで一人チョコレートに盛り上がる綾瀬、そして乗客と一悶着あった後に、ゲートを離れる飛行機に向かって笑顔で手を振りながら「早く行ってぇ~、もう帰ってこないでぇ~」とぼやく田畑。
さらにその飛行機に乗り込む乗客たちもいろいろな設定の人たちが乗っている。新婚カップル、修学旅行の団体、家族旅行の親子、高飛車なビジネスマン、老夫婦など。そこにも1つ笹野高史演じる乗客に笑いの要素を持たせている(これに関しては、何度も繰り返されて、ちょっとしつこい気もするが・・・)。
そしてドラマとしても、この手の作品の場合、パイロットや客室乗務員、そして乗客といった上空にいる飛行機内部の人間だけにスポット・ライトを当てるのが普通だが、この作品は整備士やグランド・スタッフ、管制塔員、ディスパッチャーなど、地上で飛行機を飛ばす人間にもスポットを当てている点が素晴らしい。
その筆頭が岸辺一徳演じるオペレーション・ディレクター。情報化の波についていけない昨今の日本の会社における高齢者の立場をすごく端的に表している。しかも最後には台風というデジタルでは追いつけない状況に、アナログ時代を生きてきた人間の知恵を使って、無事に飛行機を着陸させるというある種の偉業を成し遂げる。(個人的にはちょっとアナログ賛歌的な演出は過剰に感じないでもなかったが・・・)
そしてこの笑いにあふれた群像劇の中で唯一、まじめだったのが、整備部門。飛行機という乗物の中でもっとも重要な部分を担っているだけあって、さすがにここに笑いを盛り込むことはできなかったのか、一切笑いがない。それがこの作品の物語全体の流れの中でスパイスになっていると言えば、なっているのだが、個人的にはここにも笑いを入れて、最初から最後まで笑い飛ばせる作品も見てみたかった気もする。(コメディーの大御所、三谷幸喜作品と大きく違う点がここかもしれない)
そして航空業界の現実と理想を現している点もこの作品の細かさを表している。
例えばCAが見せる接客時と準備時の表情の違いはその最たる例と言える。特に綾瀬がカーテンを開けた時に青竹踏んでいるのには大いに笑わせてもらった。
またグランド・スタッフの乗客の前で愛想笑いと、裏での愚痴・不満というのもすごく人間味があって、共感が持てる。
一見華やかな航空業界だけど、実はこんなにも大変なんだ!というのを絵で見せるだけでなく、「もっと華やかで夢みたいな仕事だと思ってた?」と言うチーフ・パーサーの台詞がトドメとして用意されている。
一つ一つの素材は非常に面白いのだが、全体を通して見るといまいちパッとしない。細かい笑いがそこかしこに散りばめられているのだが、それが積み重なって大きな笑いとなることがないのだ。(ここも三谷作品と違う点かもしれない)
ストーリー自体はフライト中にトラブルが発生して、無事着陸できるかどうか?を描いたありきたりのストーリーなので、そこで勝負するのは難しい。そうなるとキャラクター勝負ということになってくるのだが、登場人物を多くしすぎて、1人1人の登場人物の描き方が軽い。丁寧は丁寧なのだが、軽いのだ。
例えば、すさまじく理不尽なクレームをしていた乗客が、チーフ・パーサーの説得であっという間におとなしくなってしまうのだが、クレームが10だとして、チーフの説得が5くらいの力しかないのに、一気にクレームの力が0になってしまうのには驚いた。「えっ、この説得で、納得しちゃうの?あんなに理不尽だったのに!?」と思わずにはいられない。その乗客の深い心理が見えないまま、10のクレームが0になってしまうという非常に軽い描き方なのだ。
他にも、アクシデントが発生したそもそもの原因である、バード・パトロールのおじさんが愛鳥保護団体に仕事を邪魔されたシーンも、邪魔をしたシーンは描いているが、その後の結末を描いていない。本来このおじさんが一番必死になって謝罪するべきじゃないのだろうか?
総じて言えば、TVドラマで良い。
「ウォーター・ボーイズ」や「スウィング・ガールズ」は、男子のシンクロ、女子高生のジャズバンドという、作品そのもののテーマが珍しいこともあり、良い意味での作品全体としての軽さが際立っており、名作として名を残しているが、この作品は随所に矢口監督らしさが光るものの、映画全体として見た時に、テーマが今までに何度も他の作品で扱われてきた航空業界であるために、矢口監督独特の作品全体の軽さが悪い方向に出てしまったのではないだろうか?という気がする。