この世界の片隅に
採点:★★★★★★★☆☆☆
2016年12月10日(映画館)
声優:のん
監督:片渕 須直

クラウドファンディングで資金を集め、パイロット版を作成し公開にこぎつけ、現代ならではの新しい制作手法で作られたということもあり、ネット上で話題になっていた作品。

浦野すずは広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。それまで絵を描くことが好きだった彼女だが戦争で物資が不足する中、周作の家族の為にいろいろと工夫をこらす。そんな中、周作の姉ケイコが実家に戻ってくる。ケイコの娘である晴美は、すずになつくようになる。
日本海軍の要でもある呉は何度も空襲を受けるようになり、すずも空襲後に不発弾の爆発に巻き込まれ、一緒にいた美晴は亡くなり、すず自身も右腕を失ってしまう―――。

2007年に鑑賞した「夕凪の街 桜の国」と同じ原作者・こうの史代の原作が、今回は実写ではなく、アニメ作品として映画化された。
前作と同じく第二次世界大戦下の広島が舞台。そして今作も原爆は登場するが、こちらも舞台が広島市ではなく、呉ということもあり、前作同様直接的な描写はほとんどない(最後の最後にそれっぽい描写が登場するが直接的な描写ではなく、あくまでも脳内妄想的な描き方に留まっている)。

この作品の一番の肝は主役であるすずの声優である"のん"。ここまで主人公のキャラクターにマッチした声優がいただろうか?というくらいこれ以上ないほどの見事なキャスティング。
女優としての彼女はやや癖があり、ストーリーの内容によってはミスキャスティングになりえる作品が多いと思っていたのだが、この作品に関しては、一度見てしまうと彼女以外の声優が演じるすずは想像できないくらい、素晴らしいキャスティングだった。
もしかしたら能年玲奈時代から"のん"に至るまでの、芸能界特有の仕事を干された厳しい状況とこの作品の主人公であるすずの辛い状況が重なってしまったのかもしれない。この作品では戦争という厳しい状況の中、主人公のすずは普段からぼんやりとしていて、自分から主体的に動くというよりは回りの流れを受け入れてしまう感じの、いわゆる"天然"なキャラクター。それが"のん"と重なる部分があったのかもしれない。
広島弁もそうだが、「ありゃあ」などの短い感嘆の言葉が秀逸で、暗いはずの世界に明るさをもたらしている。また着物を裁断し、普段着の衣類を作ったり、食料不足でも野草を食材にしたり、お米を増やすものの、まずかったり・・・、クスッと笑ってしまうエピソードが穏やかに描かれている。

そんな"天然"かつ穏やかな彼女が激昂する場面がある。
それが終戦を告げる玉音放送。「ここにはまだ5人残ってる!!」。
唯一の趣味と言っても良い絵を描くことを右腕と共に奪われてしまった時ですら、自分の感情を表に出すことをしなかったすずが、唯一激昂したシーン。今まで穏やかだった彼女が感情を爆発させることで、この作品が伝えたかったことがより一層際立つ作りになっている。

また一度も会ったことがない(実際には一度会っていたのだが、記憶になかった)者同士が結婚していた時代であり、そのことも丁寧に描かれている。
すずには昔から思いを寄せていた男性がいた。一度は離れてしまった男性に結婚後に再会し、すずと周作の家に泊まることになった。すずの気持ちに気づいた周作は2人で夜を過ごすように配慮してしまう。それがきっかけとなり、初めての夫婦喧嘩をすることになった周作とすず。しかしこの喧嘩によって2人の心が本当の意味で近づき、夫婦として心が打ちとけ、最後に橋の上で二人が語り合う会話の中で、この映画のタイトルの意味が明かされる。
この一連の流れが、涙を流す起伏の激しい感動とは違う、静かに心にしみわたっていくような感動を作品全体として与えてくれる。第二次世界大戦の最後に何が起きるのか?を痛切に知っている日本人にとっては最後の最後に絶望が来るのではないか?という視点で見ざるを得ないのだが、この作品はそこを良い意味で裏切ってくれる。その大きな要因として"のん"の声があるのは間違いないだろう。

そしてアニメ映画ならではの演出も見事だった。絵が得意なすずが海の波をウサギの形にしたり、悲惨なはずの戦争の爆撃機による爆発が絵の具がキャンパスに落下したような描き方をしたり、戦争映画でありながら、少しだけファンタジーの要素も入れ込んでいる。

TV局や大手映画会社からの資本が入らず、クラウドファンディングをベースに成立し、さらに芸能界特有のいざこざで仕事を干された女優が主演というアメリカン・ドリームのような作品成立の背景も含めて、こんな時代によくぞこんな作品ができたものだと感心してしまう。

一口コメント:
現代を象徴するクラウドファンディングという新しい手法をきっかけに完成した第二次世界大戦を描きながら、静かな感動をもたらす作品です。

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