SP 革命篇
採点:★★★★★★★★☆☆
2012年7月29日(DVD)
主演:岡田 准一、堤 真一
監督:波多野 貴文

前編が日本映画史上に残るアクションを見せてくれたものの、ストーリー展開や脚本という部分においてはかなり突っ込みどころ満載だったが、TVシリーズからの完結編ということで、ようやく見ることができた。

官房長官襲撃から2か月後、負傷も癒え、通常業務に復帰した第四係のメンバーは、内閣不信任決議が行われる国会議事堂での警護に当たることになった。それぞれの要警護者を乗せた車が次々に国会議事堂へと乗り付け、SPたちも時を同じくして、国会議事堂に集まる。その中には井上が不信感を募らせる尾形の姿もあった。
そして会議が始まるや否や尾形が手引きしていたテロリストが衆議院棟を制圧し、「この革命行為を一言一句余さず記録し、内容に改編を加えることなく全国民に伝えること」を要求する。
これらのテロ行為を別室のテレビ放映を通して知った井上は、他のメンバーと共に尾形を止めるべく行動を開始したのだった―――。

前編がハイレベルなアクション・シーンと引き換えに脚本の薄さを露呈していたが、後編となるこの作品はアクション・シーンは派手さは失ったものの、以前ハイレベルなままに、脚本の緻密さをも兼ね備えた良作に仕上がっている。
日本の政治の中心・国会議事堂のセキュリティがこんなに緩いわけがないだろう?という突っ込みはあるが、それさえも日本なら・・・という逆手に取った脚本の一部になっている。例えば、国会議事堂を警備する人達が武装していないという設定。さすがにその設定はないだろ!?と思いつつ、多くの人が一度も拳銃を見ることなく一生を終える平和な日本だったらあり得るか?なんて思いも抱いてしまう・・・、こんな国、日本以外ないんだろうな・・・、と考えてしまうような、そんな絶妙な設定。
そして衆議院棟の制圧の仕方は見応え満点だし、議事堂内部のセットもかなり重厚で本物か?と疑いたくなるようなレベル(議事堂内部を知っているわけではないが、この上ないリアリティを感じる上、本会議場のセットについてはたまにTVで見るそれそのものだった・・・)。また廊下の4つ角に3つの偉人の彫像が立っていて、1つだけ何もない残りの箇所にテディ・ベアを置くテロリストの意味深な演出ときたら、邦画なのに邦画っぽくない、このシリーズの良さが凝縮されたような見せ場だった。
尾形の考えに賛同し寝返ったSPやテロリストらが衆議院棟を制圧する過程がとてもテンポ良く描かれている裏で、官僚グループのゆっくりとした会話を挿入することで、尾形サイドの描写のテンポがより際立っている。また悲壮な決意を元にテロを起こした尾形に対し、遠くから傍観するだけで"手のひらで転がしてる感"満載の官僚たちの態度は非常に腹立たしく描かれている。こういう憎らしい敵の存在というのは登場人物に感情移入するという意味で大きく、そういった意味でもこの脚本はよく出来ている。
そもそも国会議事堂を標的にし、議員を人質にとるという前代未聞のテロ事件という壮大なスケール感を何ら違和感なく1つの作品として見させることができるという脚本こそが、邦画史上前代未聞だろう。

だからといって細部も手が抜かれていないのが、後編の素晴らしいところ。前編は銃撃戦の順序の矛盾やテロリストの統一性のない仮面の使い方など、細部において多々不備が見られたが、今作は細部の描写が冴え渡っている。
例えば通路に爆弾を仕掛けられ、テロリストが多数警備に当たり、本会議場が完全に隔離された空間になった国会議事堂を四係の4人で突破していくシーン。どこにでもあるような画鋲や普通の紙などの文房具を使い、文字通り"奇"襲を成功させるシーンなどはその真骨頂と言える。
また尾形の目的の裏に上述した官僚グループの思惑、さらにその裏に与党幹事長の伊達の陰謀もあり、2重3重に巡らされた入り組んだ三者三様の思惑が素晴らしい。前編の脚本の薄さは一体何だったのか?と疑いたくなるような濃厚な脚本である。

しかしこの作品における本当のクライマックスは真の主人公・尾形の演説シーンを置いて他にない。
制圧にいたるまでの一連の流れが見事だったこともあり、尾形の演説シーンは果たしてどんな要求をするのだろう?という期待感をこれでもかというくらいに駆り立てられていた。そしてその相当に高まった期待感を裏切らない演説。今の時代の日本人にとっては心が痛くなるようなズシリと来る重い内容。映画の台詞というレベルではなく、多分多くの日本人が心のどこかで思っていることを代弁したようなリアリティのあるフレーズ。
それに対し、ある議員が「金か!?」叫ぶ。それに対し、尾形は問う。「今のが本物の勇気か?それとも腐った虚栄心か?」と言い、銃を向ける。それに対し怯える議員に「恥を知れ」と冷たく言い放つ。さらに政治家の不正をマスコミに一斉送信し、それを強制的に露出させるとか現実的にあり得るなぁ!と巧みな展開に感心したり・・・。
また「最良の一手は何もせずにテレビを見ていることだ!」、確かにこのテロのやり方であれば、それが最良だろうと思わせるだけの含みがここにいたるまでの過程に描かれているし、その最後に発せられた国民に対しての「立ち上がれ!」なんてちょっと恥ずかしいはずの台詞も真実味がこれでもかってくらいあふれ出ている。そのやり方はともかく尾形が伝えようとするメッセージを否定することはできないどころか、この革命だったら起きて共感すら覚えてしまう、・・・それほど中身の詰まった脚本である。

そうした脚本の良さを支えているのが監督の演出であり、カメラワークでもある。
一度だけ、議事堂の建物を爆破するシーンがあるのだが、爆発の演出もただ爆破を引きの絵で見せるだけでなく、通路に立っていた人を吹き飛ばすというさりげない見せ方が上手い。
また地下の秘密通路で愛情を持って育ててきた井上に何の躊躇もなく銃弾を発射する尾形に対し、愛情を感じて育った井上は銃を撃ち返すことができない。井上は至近距離で発射された尾形の銃弾を交わすという「マトリックス」並みの神業を見せてくれるのだが、それが不自然ではない演出+カメラワークも見事。そして井上の銃を撃たない・撃てないというこの前振りが最後の最後、屋上での演出に見事につながっている。しかもその最後の尾形が自殺?と思わせて・・・の見せ方も非常に上手い!
そして本会議場に四係の4人が突入するシーンのスローモーション、その後に続く銃撃戦のカメラワークも邦画らしからぬ演出+カメラワークであり、前編の冒頭のチェース・シーンに勝るとも劣らない秀逸のアクションシーンになっている。しかもこのシーンに関しては岡田准一演じる井上よりも、女性である真木よう子中心に描かれている点も見逃せない。

そして何よりも盛り上がるのはSP vs SPという肉弾戦。それぞれ異なる4組の戦いなのだが、手前と奥、あるいは左と右といったように1フレームの中に2つの戦いを見せながら、さらにフレームが横に振れるとそこに別の戦いが描かれているという、これぞ"息もつかせぬ"という演出が続く。
こちらも前作の冒頭のチェース・シーンに勝るとも劣らない素晴らしい仕上がり。前後編両方に邦画史上に残すアクション・シーンを残す作品などこの先現れないだろう・・・。

というわけでベタ褒めしてきたこの作品だが、いくつかマイナスもある。
まずはTVシリーズや前編を見てない人のことを一切考えていない点。前編さえも、TVシリーズを見ていない人にはかなりわかりにくいのだが、後編はそれに輪をかけてわかりにくいのではないだろうか?だが逆にエピソード5と謳っていることから考えても、ここまでTVシリーズの続編なので一見さんお断りと割り切っているのはある意味凄いことだが・・・。
逆にTVシリーズから見てきた人のみが感じる違和感というのもある。それは尾形の豹変振り。TVシリーズの最初の頃の人の良さは120%消えてしまった映画2部作。あまりにも強引すぎる代わりぶりだが、映画のみで見れば、そこは問題ない・・・という不思議。

次にシリーズ完結編と言いながら、多くの謎が残ったまま終わっている点。こういった謎を残したまま終わる作品があっても良いとは思っている。それが観客の想像力を掻き立て、何度でも見返したいと思わせる。そしてそういった作品が後に名作と呼ばれる作品になることが多いのも事実だからだ。
この作品でもそういった要素はいくつかあった。尾形が井上に託した未開封の封筒の中身だとか、続編を煽る井上が最後に感じた違和感だとか・・・。
しかし、官僚を爆死させたり、梶山理事官を自殺に見せかけた他殺の真犯人(目星は簡単につくが、わざわざ死んだ描写をいれる必要はないのに、その描写を入れたのであれば犯人を明かすべき)はこのエピソード内で完結すべき謎だと思う。また最後に看守が尾形にかけた「もう少し」という言葉は新たな謎かけであり、続編がないのであれば、この台詞もいらない。

また国会議事堂を占拠してあれだけの演説をしたのに、最終的に何も変わらない国民生活が描かれているという終わり方もいまいち締まらない。
それと前編のだるい部分をカットして3時間くらいの1本の大作として公開しても良かったのではないか?という思いもある。

といった感じで賛否両論あるのだが、結論としてはTV局映画であるにも関わらず、TVシリーズも含め、原作のないオリジナル脚本で制作陣の意気込みを大いに感じる意欲作であり、アクション・シーンにおいても脚本においても日本映画史上に残る作品ではないだろうか?

一口コメント:
アクションも脚本も日本映画史上に残すべき作品です。

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