ウォーリー/WALL. E |
「ファインディング・ニモ」の監督最新作であり、かつ、公開直後にも関わらず、多くの批評家サイトで2008年上半期No.1作品に選ばれていた作品。
700年後の地球はゴミだらけになっており、人類は随分と昔にゴミの山と化し、荒れ果てた地球を捨て、宇宙へと旅立っていった。そんな地球に残されたゴミ処理ロボット、ウォーリーも長い年月の間に一体のみが稼動している状況になっていた。ゴミを片付けるために作られたウォーリーだったが、長年の間に感情が芽生え、ゴミの中から自分が気に入ったものは家に持って帰り、収集する習慣を身に着けていた。
そんなある日、ウォーリーの前に流線型のロボット、イヴが現れる。一目ぼれしたウォーリーは彼女の気をひくために、自分の集めたものをいろいろと見せてアピールするのだが、植物の新芽を見せた瞬間、イヴは動かなくなってしまう・・・。
本当にピクサー作品は外れがない。毎回、毎回ハイレベルな作品を送り出し、批評家受けにおいても、興行収入においても、高評価を得るという離れ業を毎作品成し遂げているのだから、これはもう驚異ですらある。
今回の作品において、何が一番すごいかと言うと、無声映画がなくなってから久しいこの現代21世紀において、主人公をしゃべらないロボットにした点。実際、機械の音としての「ウォーリー」やイヴを呼ぶ時に発する「イヴァ」(イヴと正確に発音できないところが、またこのウォーリーという愛らしいキャラクターに感情移入させる大きな要素ともなっている)数単語を除いて、音を発しない。
またウォーリーを除く大半のロボットも警告音などの必要最低限の"音"しか発しない。声を発するのはあくまでも登場シーンのごくわずかな人間だけである。言ってしまえば、これはもう擬似無声映画である。
それを人間特有の感情表現である表情といったもののない、ロボットでやってしまおうという発想が素晴らしい!実際は、ロボットにも表情(まぶた代わりの目の部分にある蓋や、発光ダイオードの作る目の形などで表情を表したりしている)を持たせ、またロボットの体を振るわせることで恐怖を表したり、人間以上に人間らしい感情表現を見せてくれる。
またウォーリーがビデオで見たシーンを意識して、夕日を前に動かなくなったイヴと手を組もうとするシーンも、誰もが経験したことのある初恋のような感情を思い出させてくれる。ロボットのはずなのに、そして音声がないのに、どうしてここまでの感情表現が可能なのだろうか?
そしてウォーリーがブラジャーを見つけるシーンや、消火器を使ってイヴと宇宙遊泳するシーンなどは、このロボットが持つ魅力を音声などがなくても十二分に伝えてくれる。
そのウォーリーが恋する相手、イヴに関してはウォーリー以上に感情表現が難しい。ウォーリーはまだ頭を振るわせるなどの感情表現も可能だったのだが、イヴに関しては発光ダイオードの目で表現する以外に方法がないのだから・・・。しかも基本的には無表情、悲しみ、そして嬉しさの3つのタイプの目しかないのに、それでもすさまじくイヴの感情も伝わってくる。これは見た目の表現というもの以外に、ストーリー展開において、目に見えない部分での感情の練りこみが実に上手くされているということである。
そして、イヴが表れる前のウォーリーの唯一の友人として、ゴキブリを出しているのもまた上手い。本来ゴキブリは嫌われもののはずであるが、そんなゴキブリしか友達がいないのだという設定だけで、いかにこのウォーリーが孤独な存在であるか、というのが伝わってくる。これがこの擬似無声映画のうまいところの1つでもある。また、ゴキブリという設定が役立つシーンも用意されているし(ウォーリーに踏み潰されるが、それでも生きているしぶとさは、やはりゴキブリである)、本当に脚本が細かい部分までよく練られている。
今までのピクサーと違う点をあげるとすれば、今までに以上に実写に近いビジュアル。特にウォーリーに関しては、実際に存在していても何の違和感もないくらいのレベルだ。太陽やイヴの目などの光の反射はもちろん、キャタピラの動きや、ボディーのサビ方など、本当に細かい部分までよく出来ている。
今までのピクサーは主人公以外の背景などは実写ぽく見せていたが、ピクサーが主人公を実写ぽくしたのは、今回が初めてではないだろうか?
逆に今までと同じなのは、人間の描写。人間は一目でそれと分かるアニメであるが、一部だけ実際の人間を使っているのが、非常に気になった。ストーリー上、実際の人間である必要性があるにはあるのだが、アニメの人間でも問題はないのだから、そこもアニメの人間で良かったのではないだろうか?
その人間だが、科学の進歩とともに、ゴミだらけの地球を捨てるという設定(逆にエコに関する関心を見せる設定)、そして歩く必要性もなくなり、体は肥満状態が普通の状態になっているという設定で描かれている。これは現代の地球、特にアメリカにおいて問題視されている問題であり、それをアメリカの映画スタジオが描いているという、何とも皮肉な状況設定である。そこが面白くもあり、現代の地球が抱える問題を、人間ではなく、ロボットに考えさせられるというもう1つの皮肉も見せてくれる。
そもそもウォーリーは本来のごみ収集以外にも、自分の好きなものを収集してしまうという欠点を持っており、現代社会におけるロボットとしては欠陥品である。逆にそんなロボットだからこそ、イヴに恋をし、私たちオーディエンスを楽しませてくれるのだが・・・。
一方のイブも登場直後に、腕に仕込まれた銃をぶっ放し、それを見たウォーリーがビクビクと怯えるという、駄目男と出来る女のラブコメのような展開で、楽しませてくれる。
その一方で、大量消費社会、環境問題、そして肥満社会に対する警鐘まで鳴らしているという、実に深い作品でもある。しかもそれを言葉を発しないロボットを主人公に据えて、一流のエンターテイメント作品に仕上げているのだから、ピクサー恐るべしである。