シュリ/Shiri |
KOFICという韓国の政府組織主催の韓国映画祭で監督とのQ&Aがあるということで見に行った作品。そして日本においては「冬のソナタ」以前に、"韓流"の流れの最初のきっかけとなった作品でもある。
韓国情報機関の情報部室長であるユ・ジュンウォンは、1ヶ月後に結婚を控えていた。彼は相棒のイ・ジャンギルと共に相次ぐ暗殺事件の調査をしており、北朝鮮の女スパイの存在を突き止めた。
しかし、その矢先に液体爆弾CTXが北朝鮮の特殊部隊に盗まれてしまう。その特殊部隊を追うユとイの2人は、それぞれに時を同じくして、女スパイの正体に気づく。そして爆弾を回収できないまま、2002年のW杯サッカー開催のための南北朝鮮の親善試合がソウルのスタジアムで開催されようとしていた―――。
多くの作品は見てしばらくの間は記憶に残っているものだが、年月が経つにつれて、色褪せていく。逆に色褪せない作品というのは、数少ない。そしてそういった色褪せない作品というのが名作と呼ばれる。
そういった意味において、この作品は名作である。公開から10年近く経った今、見てもまったく色褪せない作品であり、2002年W杯に向けた親善試合という設定を除けば、まったくもって時代を感じさせない作品である。
まだ"韓流"という言葉が存在すらしてない時に公開された作品であるが、この作品の日本での大ヒット以降、徐々に韓国映画が日本でも公開されていくようになった。そういった意味においても、エポックメイキングな作品であり、名作と言える作品である。
作品上映後に、監督が質疑応答の中で制作費はUS$2,300,000と言っていたが、日本円に直すと、2億5千万。この予算でここまでの作品が撮れるのか?というのが率直な感想。
スタジアムのシーンの撮影に関しては、冗談か本気かわからないが、親善試合の撮影を申し込んだサッカー協会に断られたのだが、当日TVクルーとして極秘撮影したらしい。言うなれば、ゲリラ撮影だ。
それを劇場映画として公開し、しかも当時の韓国興行収入の記録を塗り替えてしまう。なんてすごい作品だろう?
まずそもそも、この脚本を書けるのは朝鮮人だけではないだろうか?同じ国内で南北に分断されてしまうような戦争が起こってしまったという時代背景が存在しないと成り立たない作品であり、またそういった背景がないと作れない作品である。
同じような背景を持つ国といえば東西ドイツがあるが、これは自国内の戦争ではなく、周囲の国が引き起こした分断であり、朝鮮のそれとは事情が違うし、ドイツ国民同士が血を流す戦争をしていたわけでもない。
そういった時代背景を知った上で見ると感情移入の度合いが大きく違う。日本人の自分がそう思うのだから、当の韓国人からすれば、その度合いはさらに大きいのだろう。
そもそも日本には徴兵制がない。この点で大きく違う。
しかも単純に北と南に分かれただけでなく、北と南で貧富の差が全然違う点も忘れられない。劇中で北の特殊部隊員が言う台詞にとても印象的な台詞がある。
「お前は自分の子供を殺して、その肉を食らう親を見たことがあるか?」
「北では人間が草や木、泥まで食べてる!子供達がたった100ドルで売春宿に売り飛ばされている!チーズ、コーラ、ハンバーガーを食べて育ったお前らには分からないだろ!?」
こういった台詞は日本人には絶対に書けない。それが悔しいと思う反面、それを見事なまでにエンターテイメントにまとめ上げたこの作品を単純にすごい!と感心したりもする。
この作品の素晴らしいところは、脚本の完成度の高さ。
例えば、事件が一通り落ち着いた後で、病院に入院している女性が、「そういえばお姉さん、お箸を使うのが苦手だった」と言うシーン。イとユの2人とご飯を食べた時に箸をすべらせて、ユのスーツにシミをつけてしまうシーンをとても絶妙につながっている。
それと留守電。こちらも事件が解決した後で、彼女のお店で聞いた留守番電話。「あなたと一緒に暮らしたこの1年が私の全て」というメッセージには心を鷲掴みにされた。
何と言うのだろうか?脚本に無駄がないと言えば一番分かり易いだろうか?上述の2点を含め、水槽が効果的に何度も登場したりするのもそうだが、さりげない1シーンが、後のほうのシーンで生かされることが多いのだ。
北と南で分けられながらも、愛という国境を越えるもので結ばれた二人。しかしそれぞれの国の事情がその愛を許さない。その設定がこの作品の核である。
だが、この2人の人物描写がちょっと薄い。それぞれの国における2人の存在意義というのは十分説明されているのだが、それぞれ1人の人間としての人物背景をもっと掘り下げて欲しい。具体的には2人がお互いをどれだけ大切に思っているのか?どれだけ愛し合っているのか?というのを描いていれば、10点満点をつけていたかもしれない。
叶うことならば、南北朝鮮の人と一緒に見て、それぞれの感想を聞いてみたい作品です。