君の名は。 |
2016年8月26日に公開され、「アナ雪」の34日を上回るわずか28日間で興行収入100億円を突破し、日本公開のアニメ作品としてはジブリとディズニー&ピクサー以外で初めて大台に乗った作品ということで見に行った。
東京に暮らす高校生の瀧は、ある朝、目覚めると飛騨の山奥にある糸守町の女子高生・三葉になっていた。一方東京に憧れていた三葉は瀧の身体に・・・。しかし翌朝には元の体に戻ったため、2人とも「奇妙な夢」だと思いながら、日々を過ごしていた。
しかし家族や友人の反応や、その後も週に2、3回入れ替わりが起きたことによって、ただの夢ではなく実在の誰かと入れ替わっていることに気づく。2人はそれぞれのスマートフォンに日記を残すことにして、互いに入れ替わりを楽しむようになっていったが、ある日突然入れ替わりがなくなり、互いの名前さえも思い出せなくなってしまう―――。
前評判以上に良い作品で、「ボーン・アルティメイタム」以来9年ぶり、歴代7作目の10点満点の作品となった!
2週前に「シン・ゴジラ」を見て、歴代でもトップ5に入るパニック映画であり、今年No.1作品はこれだな!と思っていたが、この作品はジャンルを問わず、歴代トップレベルの作品となった。
事前の情報としては「転校生」をはじめとする日本のドラマや映画で何度も使われてきた男女の肉体が入れ替わり、様々なトラブルを乗り越える物語で、その男女が都会と田舎の対比構造になっているという認識しかなかった。
しかし映画が始まるといきなり宇宙から彗星が近づいてくるという壮大なオープニングで幕を開ける。すぐに東京の通勤・通学列車の波の中で女子高生の髪を結っていた紐がほどけるというミステリアスなシーンへと移り変わる。
彗星と高校生?オープニングでいくつか謎を提起され、それぞれがどのように結末に向かって進んでいくのか?以外と重たいファンタジー系の映画なのか?と思っていたら、その後は王道の男女が入れ替わったら・・・をラブコメ風に描いていく。
その描写はとてもリアルで、女子高生の身体になった主人公の瀧が思わず自分の胸を揉み、逆にヒロイン三葉は、自分の股間にあるモノを手で握ってみるという感じで描かれている。普通の高校生が同じ状況に置かれたら間違いなくするであろう作業をリアルかつユーモアに描写している。その後も何度か同じ描写が挿入され、後半では鉄板の笑いネタとなっていた。
それに合わせて、最初は胸元がダルダルのパジャマで下着も付けずに寝ていた三葉が、後半ではきっちりしたパジャマで下着もつけて寝るようになっていたり・・・といった男性が入れ替わる女子高生の複雑な心理描写もきちんと描かれている。
また舞台となる新宿と飛騨の街並みの描写もリアル。瀧が飛騨へと向かう途中に乗換で立ち寄る名古屋駅もリアル。
こうした小さなリアルを積み上げていくことで彗星衝突という非現実的な設定をリアルに感じさせる手法は非常に上手い。しかもその小さなリアル1つ1つが伏線となっていて、エンディングに向けてその伏線が綺麗に回収されていく流れは芸術的ですらある。
例えば三葉の友達の男子がオカルト好きで、オカルト雑誌「ムー」がさりげなく描写されているシーンはクライマックスで三葉の妄言を信じる友人という設定に結び付くし、三葉の高校の古典の授業で説明される「黄昏時=誰そ彼」というフレーズなんかはクライマックス・シーンにおける重要なキーワードとなっている。
そんなリアルな描写の中で、ファンタジー要素である"入れ替わる"という現象を"夢の中で"としたのが素晴らしい。入れ替わっていた時の記憶が時間の経過とともに不鮮明になっていく=夢から覚めた時と同じで、目覚めてしまえば夢を見ていたという感覚はあるが、時間と共に夢の詳細は忘れていくのだから。この設定があるからこそ、入れ替わった相手の名前を忘れていくという一見不自然な設定も夢の話だからと置き換えることができ、瀧が重要な場所の名前を忘れていることも補ってくれる。
また作品中でLAWSONなどの日系企業はスポンサーに名前を連ねていることもあり、実名で登場するのだが、appleやスタバなどは外資系ということもあってか、実名は出せないという・・・違う意味でのリアルも楽しむこともできる。
更にリアルとファンタジーをつなぐためのキーワードとして"結び"という言葉も登場する。人と人とのつながりを意味する言葉として使用されているのだが、それを代々巫女の家系を継いできた祖母が語るのだから、説得力も増す。
三葉自身も祖母のお手伝いで組み紐という伝統工芸品を自らの手で織っており、更にその紐が瀧と三葉をつなぐシンボルとして描かれているあたりも上手い。オープニングで描かれていた髪を結っていた紐の謎が祖母の言葉で明かされ、更にクライマックスで瀧から三葉へ返されるシーンで感情に深く訴えてくる。
紐を返した直後に、互いの手に忘れないように名前を書こう!と、瀧が三葉の手にある言葉を書き、三葉が瀧の手に書き返そうとした直後に地面に落下したサインペンのあの切なさときたら、そりゃもう・・・「あぁ、青春時代が懐かしい!!」
このシーンはファンタジー以外の何物でもない描写なのだが、小さなリアルを積み重ねてきたこともあり、ものすごく共感できる名シーンとなっている。
改めて考えるとこの作品の脚本は非常に良くできている。日本の映画やドラマで頻繁に使われる男女の入れ替わりという"よくある設定"、ハリウッド映画でも描かれる彗星の落下という"よくある設定"、そしてもう1つ別の"よくある設定"が組み合わさり、3つの"よくある設定"を組み合わせることで新しい世界観を生み出している。
1つ1つはそんな新しいことやってるわけではないが、パーツとパーツの組み合わせが絶妙で、そのバランス感覚も絶妙。そして上述したリアルとファンタジーのバランスも絶妙。中でも他の作品と決定的に違うのが、言葉で語るシーンと絵で見せるシーンのバランス感覚。邦画だと言葉で説明し過ぎ、あるいは言葉が足りなさ過ぎというのが多いのだが、この作品はそこがダントツに上手い!
夢の中という設定を言葉で説明するのではなく、休みの日に制服を着るという絵で見せるシーンはその典型だし、ある日突然、友人の前に三葉が髪を切って登場するシーンも言葉では説明せず、絵で説明する典型的なシーン。
更に主人公2人がお互いの気持ちを募らせていくシーンの描き方、見せ方も上手かった。三葉に入れ替わった瀧はカフェが一軒もないことを嘆く友人の為に(スナックは2軒ある・・・)簡易カフェを作ってあげたり、逆に瀧に入れ替わった三葉は瀧が好きな奥寺先輩とデートの約束を取り付けたり、最初は自分の趣味嗜好で行動していた2人がお互いの周囲の人間の為に何かをするという行動をするようになり、周囲の人間をも巻き込んで変わっていく。
それを象徴するかのように長澤まさみ演じる奥寺先輩が「ちょっと前まで私のこと好きだったでしょ?でも今は別の子が好きでしょ?」という台詞を瀧に投げかける。自分でも気づかずにいた恋心を他人の言葉で気づかせるという素晴らしい演出。
一方の三葉も彗星落下の前日、瀧に会いに東京に行くのだが、もう1つの"よくある設定"が原因となり、失恋してしまう。それがオープニングと絶妙につながっていて、ミステリー作品で綺麗に謎が解明されたかの如く、オープニングのあの描写の意味が「これか!?」とストンと落ちてくる。
説明し過ぎず、観客の過去の経験に基づく想像力に委ねるという恋愛感情の描写は本当に素晴らしい。素晴らしいという言葉では足りないくらいに素晴らしい!!
もしかすると感情移入するためには登場人物を掘り下げる描写が少ないと言う人がいるかもしれない。ただこの作品に関してはアニメでありながら、日本人なら誰もが一度は経験したことがあるような恋愛感情を抱いたり、都会に憧れたり、あるいは逆に田舎の美しさに感動したり・・・といったシチュエーションがふんだんに盛り込まれていて、観客それぞれの過去の経験則から各自が勝手に自分の感情を膨らませるという今まで見てきたアニメ作品にはない手法を用いて感情移入させている。そこが上手いのだ!
ただ1つだけバランスが悪いと感じたシーンがある。それは最後の最後で新聞に"避難訓練"としてコトの顛末を絵で見せているのだが、ここだけはもう少し言葉での説明があっても良かったのではないか?と正直感じた。
三葉がどうやって父親を説得したのか?それを言葉で説明する、あるいは絵で見せるシーンがあった方がより感情移入できたのではないだろうか?二人の感情の流れから見れば不要と言えなくもないが、物語の展開上は必要な気がするし、その描写があったとしても二人のその後に悪影響を与えるわけでもない。
この作品全体を通して唯二気になった点ではあるが、全体から見れば些細な問題であり、作品としての完成度を損なうレベルのものではない。
もう1つ気になったのは最初から最後まで画角(縦横比)が16:9とか1.85:1ではなく、4:3だった点。最初は「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」のように途中で幅が広がるのか?と思ったが、最後まで4:3のままだった。自分が見た映画館の問題だったのだろうか?
最後にこの作品を10点にした最後の要因について・・・。
実は10点にするか9点にするかどうか迷っていた。タイトルをよく見ると「君の名は。」となっていて、?ではなく、句点(。)が入っている。普通句点は文章の最後に付ける=そこで終わりのはず。?ではなく、句点を用いることで、大切な人の名前を尋ねる事すらできないという非常に切ない心理状態をタイトルにも込めていると思い、10点にした。
それを踏まえて、瀧が三葉の手に書いた言葉が名前でなかったというシーンを改めて考えると、それだけで涙があふれてくるほどの素晴らしいタイトルでもある。
長々と書いてしまったが、この作品を見ると学生時代の妙にリアルな恋愛感情を思い出せるだけでなく、同じ時代に生まれ、同じ場所で生きることが本当に奇跡のような出来事なんだと思わせてくれる。本当に素晴らしい作品です。