Dragon Ball Evolution
採点:★★☆☆☆☆☆☆☆☆
2009年4月11日(映画館)
主演:ジャスティン・チャットウィン、エミー・ロッサム、チョウ・ユンファ
監督:ジェームズ・ウォン

ハリウッドのとあるスタジオが日本の歴史的傑作漫画「ドラゴン・ボール」の実写化権を獲得したというニュースが流れてから10年近くが経ち、ようやく完成したのがこの"レボリューション"。制作費は100億円と言われる超大作だったが・・・。

高校に通う悟空は、長年の封印から目覚めた世界征服をたくらむピッコロ大魔王の野望を阻止するため、武天老師やブルマと共に7つのドラゴンボールを集める旅に出る。

いや、そりゃもう、かなりの衝撃でした。
ドラゴン・ボールという世界中で認知度の高い漫画原作、そして制作費100億円ということで、期待度が高くなることがわかりきった上で作ったはずの作品がこれです!
ドラゴン・ボールということを抜きにして見れば、まぁ中の下、下の上くらいには見れるのでしょうが、いかんせん原作が有名すぎて、それを抜きには見れない。ましてや自分は原作の大ファン。
だからといって原作を冒涜している!なんてことを言うつもりはないし、鳥山明(原作者)が「脚本やキャラクター作りは、原作者のとして「えっ?」という感じはあります。ボクやファンの皆様は別次元の「新ドラゴンボール」として、見るのが正解かもしれません。」と語っているように、確かに別次元の作品でした。
突っ込みどころ満載でこの映画をおかずに1週間くらいご飯を食べられる気がします。

この作品、2008年8月公開予定だったのが、制作期間を延長し、作品の完成度を高めるために全米公開は2009年4月に延期されたと言われているが、実際はこの完成度の低い作品をどのように人々の記憶から消すか?という戦略を練るための時間だったのではないだろうか?
事実、全米公開よりも先に日本を含む、アジアでの先行公開となり、結果としてアジアでの成績が悪いからという理由でアメリカ公開時の宣伝はほぼ皆無。批評家向けの試写会すら実施していないという前代未聞の事態に!!
その結果、公開週末の結果は2000スクリーンを超える規模での公開にもかかわらず、4億円超の興行収入で初登場8位と振るわない。いや、逆に宣伝もしないで、よくここまで稼いだと言うべきか?
いずれにせよ、うまく人々の記憶からは消すことができたわけだ。

さて、それでは突っ込みどころ満載の本編について書いていこう。
まずは冒頭の学園シーン。悟空がいじめられっこという設定はどうなんでしょう?いや、悟空が本当に弱くていじめられていて、何かがきっかけで強くなるという設定ならまだしも、悟飯と毎日修行をしていて、かなり強いはずなのにいじめられているという設定がよくわからない。
だからといって、むやみやたらに力を見せないという頑な信念があるのかと言えば、そうでもない。憧れのチチにパーティーに誘われた時に、手こそ出さなかったが、いつもいじめられている同級生を叩きのめすわけだから、普段からそうすれば良いだろ?って思わずにはいられない。
そしてこの不良たちを倒した場面がこの作品のクライマックスだった・・・。

そもそも学園シーンは物語の本筋には、まったく関係がなかっただけに、全シーン削除しても良かったのではないだろうか?その方が他のシーンを丁寧に描く時間も増えたし、原作ファンの世界観を壊す要素も1つ減ったわけだし・・・。
チチとの出会いというのは別に同級生という設定じゃなくても、武天老師の家で会うでも、旅の途中で出会うでも、どうにでもできるわけだし・・・。

そもそもチチとのロマンスは不要。ドラゴン・ボールの一番の核は冒険・格闘物語で会って、恋愛要素など皆無である。実際、悟空とチチの結婚も非常にあっさりしていて、キス・シーンなんてもってのほか。
ただし、かめはめ波を習得した理由が、チチへの愛というか、性欲(?)からという理由は原作者の言うところの"別次元"のドラゴン・ボールという解釈で大いに笑わせてもらいました。
唯一良かったのは花畑。制作費100億円という超大作であそこまでバカになれるなんて、素晴らしいじゃないですか?

そして格闘シーンについても、冒頭の悟飯との修行シーン、不良の同級生を倒すシーン、そして武天老師との出会いのシーン、チチとマイの格闘シーンなどのシーンは肉弾戦が描かれていて、それなりに楽しめるのだが、最後のピッコロと悟空の戦闘シーンにおいては、肉弾戦はなく、気孔波のみ。というか、かめはめ波一発で終わってしまい、物語が進むに連れて、どんどん格闘シーンがつまらなくなるというあり得ない展開になってしまう。
そもそもピッコロが全然強くない。片手で大きな街を破壊できるほどの力を持ちながら、その怖さがまったく伝わらないし、悟空との戦いも、いきなりかめはめ波の一撃で倒されてしまう(その間、3分もないのでは?)。しかもかめはめ波も撃つと同時に空に飛んでいくのだから、噴出さずにはいられない。原作の悟空だったら、「オラ、力(リキ)入んねぇぞ!」って言うに決まっている。実際、館内大爆笑、いや、大失笑。
恐怖の大魔王のはずなのだが、基本的に部下のマイの方が怖いし、マイの方が強いんじゃないか?とすら思えるような描き方がされている。せっかく武天老師がピッコロと戦うという設定を入れているのに、いきなり最終奥義(魔封波)を使って、しかも失敗してしまうため、一体どれくらいピッコロが強いのか?がまったく伝わらない。
これが武天老師とピッコロの肉弾戦で描かれて、悟空の師である武天老師がピッコロにまったく歯が立たないような描き方をし、さらに"コテンパンにやられた後に最終奥義を使うが、それすらも通じない"というような描き方すればピッコロの怖さを際立たせることができただけに、非常にもったいない。
ピッコロが自分の分身を生み出すシーンも注射器で血を抜いて、っていう描き方をしているがここは原作どおり、口から卵を産む方が絶対にピッコロの怖さが際立ったはずなのに、なぜそうしなかったのか?お金がかかるという理由なのかもしれないが、それこそ学園のシーンをなくして、ここに時間もお金もかけてくれ!という気持ちになる。学園でのラブロマンスよりも、大魔王の怖さを描く方が、重要でしょ?この作品に関しては・・・。
でもってその分身も悟空や武天老師に一撃で倒されてしまうほど弱いから、またピッコロの強さが伝わってこない。せめてヤムチャくらいボコボコにして欲しかった。そのために用意されてるキャラでしょ?

そもそも、この作品、誰がどの程度強いのか?ってことが非常にわかりにくい。
チチとチチに変化したマイが戦うシーンを見て、どちらが本物かを見抜けない悟空。間違えて本物のチチを攻撃してしまった後、マイに倒されてしまう悟空。
自分の部下ですら倒せてしまう悟空に、一撃で倒されてしまうピッコロ。一体どうなっているんでしょうか?

マトリックス~レボリューションズ~」を見た時に、これならドラゴン・ボールの格闘シーンも期待できると思ったのだが、あれから5年以上も経っているというのに、なんだこの格闘シーンのクオリティーは!? Evolution(進化)どころか、劣化してんじゃねぇか!?

という不要なラブ・ロマンスと強さの基準がない格闘シーンというドラゴン・ボールを描く上で、絶対にやってはいけない2つのことをやってしまっている時点でこの作品はドラゴン・ボール足りえない。さらに他にもいくつも突っ込みどころがあるのだから、救いようがない。
まず、ドラゴン・ボールの誕生秘話が原作と大きく異なっている点。まぁ、これは映画を成立させるためにはあっても良いと個人的には思っている(なくても良かったとも思うが・・・)。
そして各キャラクターの外観。まずは既に上述したピッコロ。触覚は編集が大変だからという理由で消したのだろうから、まぁ最低限許せるとしても、あのボディー・スーツは何ですか?同じく、悟空の亀仙流の武道着。腰布がベルトになっていて、そこにも亀マークが入っているという無意味な付け足し。製作スタッフはこれが格好良いと思っているのだろうか?なぜピッコロは原作にはない服を着させておいて、悟空にはそれを着させようとするんだ!?あの武道着を着せるくらいなら、悟空も映画オリジナルの衣装にしておいたほうが良かったはずだ。

こういう感じで、この作品は中途半端に原作をなぞっているのが、マイナスに働いている。どうせなぞるなら、「20世紀少年」のように徹底的になぞって欲しかった。
まず亀仙人。エロイはエロイが中途半端。ブルマの尻を触っただけで、ビビってたら、パフパフなんて絶対できねぇ!衣装に関しても、アロハを着てるのに、その下にポロシャツ着てるのはなぜなんだ!?亀仙人はエロくて、アロハを着ていて、サングラスをかけているのに強いからこそ、武天老師なのに・・・。
それと地名もパオズとか、原作にも登場する聞きなれた名前が出てきて、「おぉ!」と期待させられた直後に、台山なんて、まったく聞いたことのない地名が出てきて、「おいっ!」と失望させられたり・・・。
他にもヤムチャとブルマが互いに恋心を描くシーン。これも恋に落ちた理由がまったく描かれていないのに、恋に落ちているという神業。原作では女が苦手という設定のはずが、見事にプレイボーイと化したヤムチャ。そもそもヤムチャはこの映画に登場する意味がない。どうせ意味がないなら、クリリンにした方が良かったのでは?別に鼻があるクリリンでも良いからさ・・・。(どうせピッコロの触覚もないわけだし・・・)
そしてサイヤ人の真の姿とでも言うべき、大猿登場するのだが、これまた中途半端。何が中途半端か?って、見たら一目瞭然なのだが、大きくない。これはギャグ映画か?ってくらいに大きくない。ちょっと大き目のゴリラくらい。しかもシッポがないから、良心の呵責に苦しんで人間に戻るというありきたりな設定を持ってきている始末。
さらに神龍。体の短い西洋式のドラゴンになっている。これがまた中途半端で神の龍としての威厳がまったくない。ところどころに東洋を入れてる割には、この重要なキャラは西洋式にしてしまう製作陣のセンスのなさには敬服してしまう。

そもそも非常に短い期間に起こった出来事を描いている+上映時間が非常に短いために7つのドラゴンボールを探し出す旅の大変さが伝わらない。唯一描かれていた溶岩のシーンも、緊迫感や迫力がない。しかも7個のうち1つは、ドラゴン・レーダーを持っているにも関わらず、偶然見つかるというあり得ない展開。そんな感じで7個があっという間に揃い、ドラゴン・テンプルと呼ばれる原作にはない場所で願いを叶えるというまた中途半端な設定。これなら原作どおり空が暗くなる方が神秘的な感覚を伝えやすかったのではないだろうか?
そしてピッコロとの戦いの過程で死んでしまった亀仙人をドラゴン・ボールの願いで生き返らせるには、師と弟子としての描写が足りなすぎるし、その他の殺された人たちのことも考え、原作でも一度使った「地球を元に戻してくれ」という願いにするべきだったのではないだろうか?
挙句の果てには、かめはめ波で治療までできてしまう。
といった感じで原作通りにした方が面白くなるところを、あえて映画オリジナルの設定を持ってくるという、やることなすことすべて裏目に出るという奇跡的な作品がここに完成したのでした。

結論としては、全編を通して、説明不足・描写不足が多すぎるってことでしょうか?
最大の問題は、ドラゴンボールを全く知らない人が見ても、ハリウッドのスタジオ製作の大作映画というよりはインディペンデントで作られたB級映画くらいという完成度の低さでしょうか?

アメコミ原作の映画化だったら、原作のビジュアルを忠実に再現したり、原作の設定の良いところはそのまま活かし、改変が必要なところはうまく改変させるのに、なぜ日本のアニメ原作の場合、それが上手く行かないのでしょうか?
今回に限って言えば、明らかに脚本が駄目で、キャスティングも駄目(ブルマは除いて、チチとマイは他にいくらでも女優いたでしょう?)で、さらに監督の演出も駄目で、駄目駄目な駄作が完成してしまったという感じでしょうか?

一口コメント:
2009年度のラジー賞間違いなしの歴史的作品です。

戻る