インターステラー
INTERSTELLAR
採点:★★★★★★★☆☆☆
2014年12月13日(映画館)
主演:マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、マット・デイモン
監督:クリストファー・ノーラン

3ヶ月ぶりの映画鑑賞。気が付けば12月。例年なら今年の正月興行の目玉はこれだ!的な作品があるのだが、今年はそれっぽい作品がない・・・。そんな中鑑賞したのが、新バットマン・シリーズで世界的巨匠へと上り詰めたクリストファー・ノーラン監督の最新作であるこの作品。

近未来の地球は砂嵐が吹き荒れ、植物が枯れてしまい、人類は滅亡の危機に瀕していた。元宇宙飛行士クーパーは、義父と15歳の息子トム、10歳の娘マーフとともにトウモロコシ農場を営んでいる。ある日クーパーはマーフの部屋の本棚が一人でに落ちる現象を、それが何者かによる二進数のメッセージだと気が付き、クーパーとマーフはメッセージを解読し、それが指し示している秘密施設にたどり着く―――。
そこでクーパーは昔の同僚・ブランド教授と再開し、廃止となったはずのNASAが秘密裡に復活し、土星近傍のワームホールを通り抜けて、別の銀河に人類の新天地を求めるプロジェクト――ラザロ計画を遂行していることを知る。先駆者ともいうべき3名が48年前に旅立ち、現在も入植が期待できる惑星から信号を送り返しており、クーパーはその信号をもとに人類が移住可能な第二の地球を探す旅へと出ることになる―――。

頭が一杯!
久々に頭をフル回転しながら鑑賞した作品だった。フル回転と言っても謎を解くとかではなく、劇中に登場する相対性理論だの、重力理論だの、ワームホールだの、ブラックホールだの、マーフィーの法則だの昔聞いたことのある言葉の意味を思い出したり、あるいは5次元という次元を想像してみたり、そういったほとんど理解不能、あるいは未知の世界を脳内で想像で補う作業に頭が疲労困憊の状態だった。とはいえ、話が分からないとか、難しいといった印象は不思議とない。それは1つ1つの専門用語の説明や映像表現が非常に丁寧かつわかりやすかったからだろう。
特にワームホールの説明を2次元だと円だが、3次元にすれば球になる説明は非常にわかりやすかった。また最後の5次元世界の映像も新鮮かつわかりやすかった。アインシュタインは相対性理論の中で4つ目の次元として時間を用いたらしいが、そんな小難しい話をしなくても、日本人にとっては4次元を使いこなしたポケットを所持したネコ型ロボットで多くの人に馴染みがあるはず・・・というのをノーラン監督が意識したかどうかはさておき、5次元世界というのを映像としてうまく描いている(実際は5次元ではなく、4次元の世界観だが・・・)。
そしてワームホールやブラックホールの映像表現についても今までに宇宙映画で描かれていた異次元空間的なものよりもリアリティのある映像となっていて、3カ月ぶりに訪れた映画館で映画館の巨大スクリーンならではの見ごたえのある映像を満喫することができた。

また高速で移動する人は低速で移動する人よりも時間が遅く流れるというのは相対性理論の中でも語られていて、過去にもこの理論を用いて多くの作品が作られてきた。その点においてもこの作品はある星での1時間が地球時間で7年に相当するという表現を両方の視点で描いている。ある星に到着した人間からの視点では数分前の出来事だが、その星に着陸せずに宇宙空間で待っていた人間にとっては23年物月日が経っていたというくだりは、実にうまい描写だった。またラストでガス・ボンベが残り2分の状態で見つかったという奇跡的な確立もこの理論で説明がつく。
そしてこの理論を用いたエンディングは感動的。また映画館ではすすり泣く声も聞こえてきたし、自分もかなり胸に来ていた。途中何度も説明があったし、予測もしていたにもかかわらず、映像として見せられた際の衝撃、あるいはフラッシュバック的な映像の見せ方の影響もあってか、感動的という言葉よりはもしかしたら感慨深いという言葉の方が適切かもしれない。時空を超えた親子愛の形がそこにはあった!

次はキャスティングについて。まず主演のマシュー・マコノヒー。久しぶりに彼をスクリーンで見たこともあって、エンドロールで名前が表示されるまで誰かわからなかった。2枚目俳優だった彼も歳をとったんだなぁ・・・と感じた一方で、父親として、宇宙飛行士として、地球の運命を担うものとして、様々な表現を見事に使い分けていて、昨年のアカデミー賞最優秀主演男優賞受賞も納得の演技だった。
その一方でマン博士を演じたマット・デイモンはマシューとは違う意味で素晴らしかった。マット・デイモンと言えば知名度もギャラもマシューよりも高いハリウッドの中でもトップクラスの俳優であるが、その彼がこんな形で出演しているとは驚きだった。しかも役どころもマシューとは対照的で悪役というよりはみじめな役どころ。そんな役どころを(恐らく体重を増加させて・・・)見事に演じ切っていた。その役を受けたことも、その役を見事に演じきったことも、素晴らしい!ちなみにエンドロールで彼の名前が出てこなかったのだが、これは戦略的なものなのか?自分が見落としただけなのだろうか?DVDが出たらもう一度確認してみたい。

ところでこういった宇宙モノには欠かせないアシスタント・ロボット、この作品にももちろん登場している。TARSとCASEの2つ。その外観は洗練されているとはとても言えない形であり、表情などとは無縁なのだが、ある機能のおかげで親しみが持てる。その機能とは各種感情のコントロール。人間の感情を90%やユーモアは70%といった入力に合わせてしゃべる内容が変わる。特にラストでユーモア度の入力値を徐々に下げていくあたりは笑わせてもらった。
その一方でマン博士が語る人間の死の恐怖はインプットできないという対局論が提示される。このあたりの脚本の設定は非常にうまい。

と・・・ここまで褒めちぎってきたが、欠点もいくつか指摘しておきたい。
最大の欠点は冒頭。地球が世界規模で食糧危機になっているはずなのだが、それが伝わってこない。食料危機で宇宙開発に回すお金がなくなり、さらには軍隊さえもなくなったはずなのに、主要キャストが農家という設定とはいえ、不自由なく食事をしていて、砂嵐が来る以外は特に不憫さを感じない。
例えば隣人が食料が足りないから分けてくれと言ってくるシーンや、TVニュースで食糧難のため世界の人口が3割減ですというシーンを挿入するだけでもその危機感が煽られるのだが、そういったシーンは皆無。また砂嵐の中を走る車中で防塵マスクを装着するシーンがあるのだが、それは1度のみで他の砂嵐のシーンでは一切マスクは装着されない・・・。細かいことだが、この積み重ねが危機感へとつながるはずなので、そのあたりは残念。

映像的にはブラックホールやワームホールの描写に関しては過去に類を見ない描写だったのだが、スペース・コロニーの描写はマット・デイモンが主演を務めた「エリジウム」に出てきたコロニーそっくり。70年代に放映された「機動戦士ガンダム」以来、ずっと変わらない外観は、宇宙にコロニーを作るというのを科学的に詰めていくとこの形になるためだと思われるが、何らか他の作品との差別化を見たかった。
他の作品を連想させるという意味では冒頭から何度か挿入された老人の語りシーンは「タイタニック」のローズを思わせて、見る人によっては良くも悪くも映るのではないか?と要らぬ心配をしてしまった。
そして最後にクーパーがある人物を助けに行くような=続編がありそうな描写で終わるが、あのシーンはなくても良かったのではないだろうか?あるいは続編を期待したスタジオが無理やり挿入させたのだろうか?

正月映画としてはスケール感、映像、ストーリーともに申し分ない内容だが、唯一足りないものがあるとすれば宣伝だろうか?というくらいレベルの高い作品だった。10年後には「2001年宇宙の旅」や「猿の惑星」と並び称される宇宙映画として語り継がれる可能性を秘めた作品と言っても過言ではない。

一口コメント:
2001年宇宙の旅」や「猿の惑星」と並び称される宇宙映画として語り継がれる可能性を秘めた作品。

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