オデッセイ THE MARTIAN |
「グッド・ウィル・ハンティング」以来、個人的に好きな俳優であるマット・デイモン。そんな彼の最新作ということで見に行った作品。
火星への有人探査計画に参加した宇宙飛行士マーク。火星での任務中、嵐に襲われたメンバーは火星からの脱出を決意し、ロケットへ向かうが、マークが事故に巻き込まれてしまう。マークが死んだと思った他の乗組員たちはマークを残し、火星を離脱する・・・。
しかしマークはかろうじて生きていた。火星に一人ぼっちの状態で、計画通りなら4年後に訪れるはずの次のミッション・メンバーに一縷の望みを託し、残されたわずかな物資と植物学者としての知恵を使い、サバイバルを始める―――。
久々にハリウッド映画らしい、ハリウッド映画を見た!
まずは火星という人類が未だ降り立ったことのない(無人探査機は既に降り立ったが・・・)場所を、地球上で撮影したにもかかわらず、それっぽく見せることのできる映像美、そして宇宙空間そのものの映像美、自宅のテレビではなく、映画館の大きなスクリーンで見ることの意義、楽しさを改めて教えてくれる。
そして映像美ということで言えば、火星で独りぼっち感を増幅させる演出もうまい。NASAが死んでいたと思っていたマークの生存に気づくシーン。NASAの司令室の前方にあるスクリーンに映し出される火星基地の俯瞰ショット。俯瞰ショットから基地へとズームインしていくことで、火星という遠い宇宙の星の広大な荒野の中にポツンとある小さな小さな基地にたった一人取り残されたマーク=とてつもない孤独感を言葉による説明なく、映像のみで伝えるこのシーン。何気なく見える少しのショットの中にさりげなく見せる極上の演出だった。
地球人史上、未だ誰も訪れたことがない場所でありながら、ものすごくリアリティがあるのもこの映画の凄いところ。SF映画の多くは多分に観客の想像力を掻き立てる要素が含まれていることが多い。誰も見たことがないものを映像で見せる必要があるのだから、それは当然で、例えば、地球外生命体と闘ったりなんてことは今のところ想像や噂の域を出ないし、実際に地球外生命体と闘うことになったとしても観客が自力で彼らに勝てるとは思わないだろう。
そういう意味で、この作品が上手いところは地球上で同じことが起きた時に観客1人1人がこの作品を見たことによって、自分が同じ状況に陥っても、この作品で描かれた対処法を実行できるかもしれない・・・と感じるギリギリの絶妙なラインでのサバイバル術が随所にちりばめられている点。
食料問題については、不潔だったり、プライドの問題などはあるかもしれないが、実際に同じ状況になって、この作品の中で描かれている知識を知っていれば多くの人が同じことをするのではないだろうか?また水=H2Oが水素と酸素の複合物だということも通常の教育を受けている人間であれば、知っているだろうから、あの機械されあれば、多くの人が同じ手段で水を作ることもできるだろう。自分も同じことができそうだ!という感覚を持てるからこそ、観客として主人公に感情移入もしやすいし、この作品が面白く感じる。
デジタルではなく、アナログの力がどれだけ必要なのかということが分かる。「ジェイソン・ボーン」シリーズでマット自身が演じた、その場にある小道具を武器に変えたCIA捜査官を思い出させる。
さらにこの作品が上手いところは火星に残された主人公だけでなく、地球上でも多くの人が彼を救うために、ロケットを打ち上げるのに苦労する点も描かれていて、すべてが単純に物事が進んでいくのではなく、一度は打ち上げに失敗するシーンもあり、ロケットを打ち上げるのがいかに大変か?という点に関してもものすごくリアリティがある。
もちろん16進法を使って地球とのやり取りをしたり、火星脱出ロケットのてっぺんの壁を外してビニールシートのみで宇宙へと脱出するなど、さすがに無理だなと思うシーンもあるが、上述のような自分でもできそうだ!の積み重ねがあった後での描写ということもあり、そこまで違和感なく見ることができる。
そして何より大きかったのが主人公マークのキャラ設定。基本的に宇宙飛行士になれる人間というのはものすごく優秀で、知力も体力も最高峰の人間がなる職業だと思っているのだが、そこに常にポジティブという性格が加わったことで、この映画も全体として明るいトーンで見れる。遠い遠い宇宙の惑星に1人取り残され、過酷な環境の中で生き残りをかけた、とても暗いはずのテーマなのだが、マークのキャラ設定のおかげで笑いあり、涙ありのストーリー展開になっている。
次々に起こる問題に対して、それを1つ1つ的確な判断力と問題解決能力を駆使して、乗り越えていくあたりはさすが宇宙飛行士!って感じで安心して見ていられる一方で、船長が残した70年代のディスコ曲を使って、笑いを振りまきながら物語が進んでいくあたりは、本来なら元気をなくしても仕方がないはずの主人公が、観客に元気を与えるという素晴らしい構図になっている。
今までにも多くの宇宙映画はあったが、この作品が他の宇宙映画と大きく異なるのは、この主人公のポジティブさと言っても過言ではない。状況的には爆発あり、窒息あり、食糧難あり、氷点下の過酷な環境あり、と常に生命の危機にさらされる危険性と隣合わせの状況が続いているのだが、冷静沈着な判断力、それを実行に移す行動力、そして何事もポジティブの捉えられる考え方。そのどれが欠けても魅力的な主人公マークは在り得なかったし、このマークなくしてこの作品もあり得なかっただろう。
宇宙飛行士でありながら植物学者という主人公マーク。考えてみればこんなポジティブな学者って今まで見たことがない。自虐的に「宇宙飛行士が宇宙海賊になるんだ!」的なことを言うシーンがそれを象徴している。そしてそれを現実世界でも象徴したのが、アカデミー賞の前哨戦と呼ばれるゴールデン・グローブ賞。映画がドラマ部門とミュージカル/コメディ部門に分けられる映画賞で、コメディ部門の作品賞と主演男優賞を受賞したのだ。日本だったらこの作品がコメディに分類されることはまずないだろうと考えると、やはりハリウッドは凄いところだと思わざるを得ない。
そしてアカデミー賞本体でも最優秀主演男優賞にも見事にノミネートされている(このレビューを書いている時点ではまだ受賞かどうかは発表されていない・・・)。
おまけというわけではないが、地球上でも「ロード・オブ・ザ・リング」のネタで笑いを取るシーンもあり、地上で宇宙で、両方で上手く笑いを取っているのも、この作品の上手いところだ。
そしてよくある、恋人や家族との描写を入れることで過剰な感傷的演出をすることがないにも関わらず、涙を誘う演出が非常に良かった。わかりやすく言うなら恋人や家族との別れを予感させるような"悲しみの涙"ではなく、数々の苦労や失敗の後でようやくたどり着いたロケット打ち上げ成功を仲間と共に喜ぶことで流す"嬉し涙"といったところ。実際、コントロール・ルームで両手を挙げて、歓声を上げる関係者たちが歓喜するシーンでは自分も一緒に歓喜して、うれし涙がこぼしていた。
そんな主人公マークを演じたマット・デイモン。上述のようにゴールデン・グローブを受賞し、アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされているのだが、彼の役作りも凄かった。
いろいろな危機を乗り越えて、数か月の時間が経過した描写でのマット・デイモンの痩せた姿は2、30kgは落ちているのではないだろうか?役作りで痩せるというのは過去に何度もあったが、同一作品の中でここまでの変化を見たのは初めてかもしれない・・・。撮影期間がどれだけあったのか?にもよるが、マット・デイモン恐るべしだ。
とにもかくにも久々に「ザ・ハリウッド」を満喫できた作品でした。