第9地区/District 9 |
「ロード・オブ・ザ・リング」の監督ピーター・ジャクソンのプロデュース作品ということは公開直前まで知らなかったが、異常なまでの広告に興味を引かれていた作品。
ある日突然、宇宙船が南アフリカのヨハネスブルグ上空に現れる。
3ヶ月ほど特に何も起こらず、ただそこに浮かんでいるだけだった宇宙船に突入したものの、100万を超える宇宙人を難民(難宇宙人?)として受け入れることになってしまう。それから30年近くが経過し、District 9と呼ばれる地区に隔離された宇宙人たちと従来の住人である人間たちの間でしばし衝突が起こるようになり、District 9を管理するMNUという組織のヴィカルは宇宙人の僻地への強制移転の任務を任されることになる。
しかしその過程で押収した薬品が噴射し、彼の体が徐々に宇宙人の細胞に蝕まれていくことになる。そして宇宙人を使った人体実験に参加させられることになり、今までの立場が逆転してしまう。しかしヴィカルは何とかDistrict 9に逃げ込むことができた。
そして自分の体を治療するために、宇宙人と手を組み、MNU本部へ乗り込んでいく―――。
さて、この映画を語る上で欠かせないのが、上述した異常なまでの広告。街中のいたるところに「FOR HUMANS ONLY(人類専用)」と書かれたものが見られた。
例えばバス停のベンチに「このベンチは人類専用です」だったり、ビルの側壁に「このビルは人類専用です」だったり、バスの側面に「このバスは・・・」だったり、本当、街の至る所にこの"人類専用"の文字が掲げられていたのだ。
しかもそれが映画の宣伝だなんてことはどこにも書いてなく、人によっては、本当に宇宙人がいるのでは?と疑ってしまうようなやり方で・・・。
その広告の効果もあってか、ピーター・ジャクソンの製作映画ということではなく、あくまでも"人類専用"の映画としての広告の結果、全米初登場1位を獲得したのであった。
こういった背景があった上で映画を鑑賞したのだが、正直オープニングから30分くらいは宇宙人の難民キャンプをドキュメンタリー映画として製作した作品という印象のみで、広告から予想していた流れとは大幅に違うので、正直最後までこれだと辛いなと思っていた。それが薬品を浴びてからの展開の面白いこと!
これが最初からそうだと、それは今までの普通のSF映画と変わりなくなってしまう。このドキュメンタリー的な前半(絶妙なバランス)があってこその後半であり、作品としての完成度の高さを上げている。
そして舞台が南アフリカ、そして難民キャンプということで、否が応でもアパルトヘイトを連想させる。実際、宇宙人=黒人、人類=白人と置き換えるとピタリと当てはまる。
宇宙人と人類で住むエリアが違うのは当然として、宇宙人の住む地域は不衛生で、人類に不当な扱いを受けていたりするような描写はまさに授業で習ったアパルトヘイトそのもの。さらに宇宙人と人類の間で武器取引をするブラックマーケットが描かれていたりして、妙なリアル感もある。リアリティと言えば、宇宙人の好物がキャット・フードというのも、宇宙人の外観の助けもあってか、妙にリアルである。
そういった変なリアリティのあるドキュメンタリー的な前半30分が終わり、主人公が薬品を浴びることで物語りは大きく方向を変える。彼が宇宙人化し始め、追う者と追われる者の立場が180度逆転し、人間の傲慢さと共に人間の怖さを体感することになる。この人間と宇宙人の狭間で揺れ動く主人公の葛藤が中盤を形成すると共に、この作品の中核ともなっている。
そこから、体を元に戻すために宇宙人のクリストファーと手を組み、かつて自分が所属していたMNU=人類と戦うことになる・・・というのが後半の展開。簡単に言えば、宇宙人と人間のバディ・ムービーである。ここからの展開は非常にわかりやすく、基本的に宇宙人が正義、人類が悪として描かれていく。
宇宙人にしか使えない強力な武器だったり、「マトリックス3」に出てきた人搭乗型ロボット、パワード・スーツだったりが登場し、前半の展開からは予想もできない、いわゆるハリウッド大作映画へと昇華していく。
ここで重要なのが主人公。最初はこんな貧相な奴が主人公で大丈夫か?と思っていたが、貧相で正解でした。貧相だからこそ、物語中盤の葛藤に共感できるし、最後の戦闘シーンも手に汗握って、応援したくなる。
これがスティーブン・セガールだったら感情移入なんてまったくできないし、戦闘シーンもどうせお前が勝つんだろ!?という視点で見ることになってしまうのだから・・・。
SF映画にドキュメンタリー要素を加えるという「クローバー・フィールド」的設定を持ち込むだけで終わらずに、人類と宇宙人のバディ・ムービー(共通の敵に立ち向かうという意味で)という、いまだかつてなかった設定を加えた本当に斬新な映画に仕上がっている。
もしかすると後半の展開を嫌う人がいるかも知れないが、個人的には今年見た中では「スラムドッグ $ ミリオネア」に並ぶ傑作です。